千葉地方裁判所 平成7年(わ)344号 判決 1996年5月09日
本店所在地
千葉県市原市平田五六一番地一
株式会社 カワイ住宅
(右代表者代表取締役 川井清雅)
本籍
千葉県市原市馬立二〇〇八番地二〇
住居
同市西広四六〇番地
会社役員
川井清雅
昭和二五年五月二四日生
右株式会社カワイ住宅に対する法人税法違反、右川井清雅に対する法人税法違反、所得税法違反各被告事件について、当裁判所は、検察官伊藤薫、弁護人(主任)秋山泰雄、弁護人上出勝各出席の上審理し、次のとおり判決する。
主文
被告人株式会社カワイ住宅を罰金四〇〇〇万円に、被告人川井清雅を懲役二年及び罰金七〇〇〇万円に処する。
被告人川井清雅に対し、未決勾留日数中四〇日を右懲役刑に算入する。
被告人川井清雅においてその罰金を完納することができないときは、金五〇万円を一日に換算した期間、同被告人を労役場に留置する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人株式会社カワイ住宅(以下「被告人会社」という。)は、千葉県市原市平田五六一番地一に本店を置き、建築工事業、宅地建物取引業及びこれらに附帯する一切の事業を目的とする資本金一〇〇万円の株式会社であり、被告人川井清雅(以下「被告人川井」という。)は、同市西広四六〇番地に居住し、被告人会社の代表取締役として同会社の業務全般を総括していたものであるが、被告人川井は、
第一 被告人会社の業務に関し、法人税を免れようと企て、不動産売買を行うに当たって、第三者名義で取引するなどの方法により所得を秘匿した上、平成元年四月一日から平成二年三月三一日までの事業年度における被告人会社の実際所得金額が二億六八八二万三三六七円で、課税土地譲渡利益金額が二億一四四五万一九〇九円であったにもかかわらず、右法人税の納期限である平成二年五月三一日までに、千葉市中央区蘇我町一丁目五六六番地の一所在の千葉南税務署長に対し、法人税確定申告書を提出しないで右期限を徒過させ、もって不正の行為により、被告人会社の右事業年度における法人税額一億七〇九八万四五〇〇円を免れ
第二 自己の所得税を免れようと企て、商品先物取引を借名及び架空名義で行い、その売買益を第三者名義の預金口座に入金するなどの方法によりその所得を秘匿した上、
一 平成二年分の実際総所得金額が二億二九四四万六〇三円であったにもかかわらず、右所得税の納期限である平成三年三月一五日までに、前記千葉南税務署に対し、所得税確定申告を提出しないで右期限を徒過させ、もって不正の行為により、平成二年分の所得税額一億八九九万二六〇〇円を免れ
二 平成三年分の実際総所得金額が二五〇一万三六八八円であったにもかかわらず、右所得税の納期限である平成四年三月一六日までに、前記千葉南税務署長に対し、所得税確定申告書を提出しないで右期限を徒過させ、もって不正の行為により、平成三年分の所得税額七〇六万七五〇〇円を免れ
三 平成四年分の実際総所得金額が四億七八九二万二三〇五円であったにもかかわらず、右所得税の納期限である平成五年三月一五日までに、前記千葉南税務署長に対し、所得税確定申告書を提出しないで右期限を徒過させ、もって不正の行為により、平成四年分の所得税額二億三四〇五万四〇〇〇円を免れ
たものである。
(証拠の標目)
(注)括弧内の甲、乙の番号は、証拠等関係カードの検察官請求証拠の番号、括弧内の弁の番号は、証拠等関係カードの弁護人請求証拠の番号をそれぞれ示す。
判示事実全部について
一 被告人会社代表者兼被告人川井の当公判廷における供述
一 被告人川井の検察官に対する供述調書(乙六)
一 被告人川井の大蔵事務官に対する質問てん末書(乙一)
一 証人田口稔昌の当公判廷における供述
一 登記官作成の商業登記簿謄本(乙二〇)及び各商業登記簿中の閉鎖用紙謄本(乙二一、二二)
判示第一の事実について
一 被告人川井の検察官に対する各供述調書(乙七、八、一〇ないし一四)
一 被告人川井の大蔵事務官に対する各質問てん末書(乙二、五)
一 橋本巖(甲五八ないし六一)、奈良昌廣(甲六二)、嶋野正男(甲六三)、前埜廣忠(甲六四)、髙橋忠雄(甲六五)、三本松義雄(甲六六)、田口稔昌(甲六七ないし六九)及び一條正幸(甲七〇)の検察官に対する各供述調書
一 三本松義雄(甲七九)、北島喜美子(甲八〇、一〇三)、山下忠雄(甲八一)、小関正(甲九九)、清水武朗(甲一〇〇、一〇一)及び吉田紀(甲一〇二)の大蔵事務官に対する各質問てん末書
一 大蔵事務官作成の脱税額計算書(甲二)、脱税額計算書説明資料(損益)(甲六)及び各調査書(甲七ないし四二)
一 登記官作成の各閉鎖不動産登記簿謄本(甲七一、七二)及び各不動産登記簿謄本(甲七三ないし七八)
一 株式会社大東食品外四名作成の土地付建物売買契約書写し(弁一)
一 千葉瓦斯株式会社外四名作成の各土地売買契約書八通綴写し(弁二)
一 北島喜美子外八名各作成の領収証写し九枚(弁六)
一 田口稔昌作成の平成元年分所得税の確定申告書(分離課税用)写し(弁八)、「譲渡内容についてのお尋ね」と題する書面写し(弁九)及び平成元年分所得税の確定申告書写し(弁一三)
一 田口稔昌外二名各作成の建物売買契約書二通写し(弁一〇、ただし、内各一通はそれぞれ弁一七、一八の同契約書写しと同じ)
一 北島喜美子外四名各作成の領収書ないし領収証五通写し(弁一一、ただし内二枚の北島喜美子作成の領収書写し及び領収証写しは弁一四、一五の領収書写し及び領収証写しと同じ)
一 川井源一作成の平成元年分所得税の確定申告書写し(弁一二)
一 株式会社大東食品作成の法人税確定申告書控え二通写し(弁一九、二〇)及び修正申告書控え写し(弁二一)
一 評価人清水文雄作成の不動産評価書写し(弁二七)
一 執行官鵜之澤進作成の現況調査報告書写し(弁二八)
判示第二の各事実について
一 被告人川井の検察官に対する各供述調書(乙九、一五ないし一九)
一 被告人川井の大蔵事務官に対する各質問てん末書(乙三、四)
一 山口光男(甲八二)、柴田康弘(甲八三)、糸井重美(甲八四)、鳥海正義(甲八五)、阿部隆三(甲八六)、篠敏之(甲八七)、安野雅夫(甲八八)、中島安弘(甲八九)、阿曽正公(甲九〇)、伊藤滝夫(甲九一)、吾妻英樹(甲九二)、佐藤信行(甲九三)、永井章夫(甲九四)、西脇光二郎(甲九五)、及び野川徹(甲九六)、の大蔵事務官に対する各質問てん末書
一 大蔵事務官作成の脱税額計算書説明資料(損益)(甲四三)及び各調書(甲四四ないし五七)
一 登記官作成の不動産登記簿謄本(甲九七)及び商業登記簿謄本(甲九八)
判示第二の一の事実について
一 大蔵事務官作成の脱税額計算書(甲三)
判示第二の二の事実について
一 大蔵事務官作成の脱税額計算書(甲四)
判示第二の三の事実について
一 大蔵事務官作成の脱税額計算書(甲五)
(争点に対する判断)
第一弁護人らの主張の要旨
一 本件のうち法人税法違反の事実につき、被告人両名の弁護人らは、被告人会社の本件事業年度における益金に関し、次のとおり主張した。
1 商品売上として、千葉瓦斯株式会社(以下、「千葉瓦斯」という。)に対し、千葉市若葉区加曽利町六九〇番地一ないし三及び同町六九一番の各土地(以下「本件土地」という。)を五億二八四〇万円で売却した収益があったとされているところ、本件土地に関する千葉瓦斯との譲渡取引(以下「本件土地取引」という。)については、同土地上に存した事務所用建物及びその土地賃借権を被告人会社が競売により取得し、同土地上に存した北島喜美子所有の居住用建物及びその土地賃借権を田口稔昌らが買受け取得しそれぞれ所有していたものを、相続物件であった本件土地の所有者である相続人らとともに、右各所有者がいずれも売主として千葉瓦斯にそれぞれ売買譲渡したものである。被告人会社は右事務所用建物等を千葉瓦斯に譲渡したに過ぎず、その限度での売買収益が存するものである。
2 商品売上として、前記北島喜美子に対し、千葉市稲毛区穴川所在の建物及びその土地賃借権(以下、「穴川物件」という。)を三一二七万六四三九円で売却した収益があったとされているところ、同人への穴川物件の移転は、本件土地上に存した北島喜美子所有の居宅及びその土地賃借権を田口稔昌らが取得するため、同人らから右北島への一部対価としての代替物件の提供としてなされたものであり、被告人会社の右北島への売却行為はなく、それによる収益はない。
3 商品売上及び工事売上として、市川キエ子に対し千葉県市原市君塚五井境所在の土地建物を二八六二万八二二〇円(内商品売上高九〇〇万円)で、また石川三千夫に対し同市上高根所在の土地建物を二一〇三万一八〇三円(内商品売上高四四五万二〇〇〇円)でそれぞれ売却した収益があったとされているところ、いずれの建築工事もその完成が遅れ翌事業年度に完成したものであるから、受領した右各工事代金は預り金に過ぎず、本件事業年度に計上されるべき収益とならない。また、被告人会社の経理を担当していた右田口は、右各受領工事代金の計上を、顧問税理士と協議して、本件事業年度に計上をしなかったもであるから、不正な方法により課税を免れようとの認識もなかった。
4 右1ないし3のとおり、本件には課税事実上の誤りがあり、弁護人ら主張の右益金額に、それに対応する弁護人ら主張の関連損金に係わる事実及び損金額を踏まえると、被告人会社の所得金額は二七四一万七五三四円、課税土地譲渡利益金額は八八九万四五二八円であり、免れた法人税額は一二七五万五三七一円である。そして、右3分については、本件事業年度に計上されるべき益金であったとしても、前記のとおりの認識から、当該税金分については不正な行為により免れたものではない。
二 本件のうち所得税法違反の各事実につき、被告人川井の弁護人らは、次の理由により、被告人川井は、本件各年分の各所得税につき、偽りその他不正の行為によりこれらを免れたことにはならない旨主張した。
1 本件各年分の各総所得金額中の各雑所得に当たる商品先物取引による売買益につき、被告人川井は、右各年中、借名ないし架空名義で商品先物取引を行い、それによる売買益を、借名ないし架空名義の定期預金等に預貯金し、右各年分の売買益につき所得税確定申告をしていないところ、借名ないし架空名義での商品先物取引は、建玉制限を免れる等の、同取引を有利に進めるためになされたものであり、また、右方法の預貯金も資金の払い戻し等の便宜のためになされたものであって、所得秘匿行為ではない。そして、右各不申告についても、所得税を免れようとの意図はなく、ことに、平成三年夏以降は、税務当局による税務調査がなされ、同被告人は右借名ないし架空名義での商品先物取引の事実を認め、この売買益が同被告人か被告人会社のいずれに帰属するものか不明確であるとのことであったため、税務当局ないし顧問税理士の指導を待っていたところ、その指導がないまま申告期限を経過したものである。被告人川井の右各行為は、せいぜい単純不申告罪に該当するに過ぎない。
2 本件各年分の各総所得金額中、平成二年及び三年分の各給与所得、平成四年分の給与所得及び不動産所得について、右給与所得は、被告人会社及び関連会社からの役員報酬等として源泉徴収されており、また、右不動産所得は、税理士に相談して諸費用の支出があるから申告を要しないと判断して、申告しなかったものである。右各所得については、秘匿工作はなくほ脱犯は成立しない。
三 被告人川井も当公判廷において、右一の1ないし3及び二の1、2に沿う趣旨の供述をしている。
そこで、右各主張について検討する。
第二法人税法違反に関する主張について
一 証拠の標目掲記の関係各証拠によれば、次の事実を認めることができる。
1 被告人川井の経歴、被告人会社の事業内容等
被告人川井は、昭和五六年一〇月、千葉県市原市内において、取締役を実父川井源一及び実弟川井(後に田口と改姓)稔昌、代表取締役を同被告人とし、事業目的を建築工事業、宅地建物取引業及びこれらに附帯する一切の事業とする資本金一〇〇万円の被告人会社を設立し、その業務全般を統括してきた。
被告人会社は、不動産の仲介及び販売、建築工事請負等を主な事業内容とするものであり、被告人川井及び田口稔昌(以下「田口」という。)が主に稼働し、経理関係は、田口が専ら担当していたところ、同人は、記帳処理をせず、毎年三月末の決算期のころ、税理士山下忠雄の事務所に、領収書、契約関係書類、預金通帳等を持参し、同税理士が、それら書類と田口の報告を基に、決算書類案、法人税確定申告書案等を作成し、被告人川井らがこれを確認して、作成、申告等をしていた。
被告人会社の平成元年度、二年度の各法人税確定申告は、平成三年に入ってもなされずにいたところ、同被告人の宅地建物取引業者の免許の更新に際し、過去三年間分の決算申告書が必要となったため、被告人川井の指示を受けた田口は、同年五月ころ、急遽前記書類等を右山下税理士の事務所に持参し、被告人会社の決算書案、確定申告書案の作成を依頼し、作成された決算書案、確定申告書案を被告人川井において確認の上、平成三年七月一九日右各事業年度の各確定申告書が提出された。
2 本件土地等の取引の経緯
(一) 本件土地(公簿上の合計地積一三一七平方メートル、実測地積一三九四平方メートル)は、もと田野清の所有する土地であり、六九〇番一の土地には同人の子である北島喜美子の夫北島才二郎が経営していた北島建設工業株式会社の事務所用建物(北島才二郎所有名義、以下「北島事務所」という。)、六九〇番三の土地上には北島喜美子所有名義の居宅(以下、「北島居宅」という。)が存する等の状況であったところ、右田野清が昭和五六年に死亡したことにより、同人の相続人一一名中八名が相続により共有するところとなったが、その分割が紛糾したため同相続人間における遺産分割調停事件が千葉家庭裁判所に係属し、権利関係の調整ができない状況にあった。北島建設工業株式会社は、昭和六一年ころ、倒産したため、それに関連して、北島事務所は、昭和六三年千葉地方裁判所において強制競売に付された。
(二) 千葉県市原市で不動産業音羽建設有限会社(以下「音羽建設」という。)の代表取締役をし、競売物件を手がけることが多かった橋本巖(以下、「橋本」という。)は、昭和六三年一一月ころ、市原市内で不動産業を営み、音羽建設に出入りしていた菅原一から、右北島事務所が競売に付されていることを知り、同物件の調査をしたところ、北島事務所には概ね六九〇番一の土地全体に及ぶ土地貸借権があり、同土地は前記のとおり相続人らが共有し遺産分割協議中の物件であり、そのことからそれまで入札による買受申出がなくいわゆる特別売却物件となっていることや、国道一六二号線に面し、敷地面積も広いことなどを知り、右相続人らとの調整次第では、転売により利益を見込める物件であるとの認識を得て、北島事務所を扱うこととした。その後、橋本は、菅原から、北島事務所の買い手として、被告人会社の代表取締役である被告人川井を紹介され、同被告人の求めに応じて、北島事務所を競落するについて、情報を提供したり、橋本自信の見通しを説明するなどするうち、被告人会社が北島事務所を競落するとともに、橋本が相続人らをとりまとめた上、北島事務所の敷地全体を取得、転売することを話し合い、その際、被告人川井との間で、転売利益についての取り分の割合を取り決め、その数日後、右取り決めの外に、相続人らのとりまとめは橋本が行い、それに要する経費は被告人会社が負担するといった内容を取り決めた。
(三) 橋本は、被告人会社が北島事務所を競落することとなったため、昭和六三年一二月上旬ころ、右相続人の一人である北島喜美子(以下、「北島」という。)を訪ね右事務所競落の話をするなどしたところ、同人から北島事務所部分だけではなく、その敷地を含めた本件土地、千葉市若葉区加曽利町七一四番一の土地(以下「甲物件」という。)、同町一八〇一番一の土地(以下「乙物件」という。)といった、田野清の他の相続財産も買い受けてほしい旨の申入れを受けた。
その後、橋本は、さらに、北島から、その負担する債務を弁済して整理すること、そのためには北島居宅を売却することもやむを得ないが、その際には代替住宅が必要となることなどの申入れを受けたため、被告人川井に対し、甲物件、乙物件については黙っていたものの、「北島の自宅分の土地も買えば、一体となって売り物が広くなるよ。ただ、現に北島が住んでいるから、土地を転売するには、北島の自宅建物を買って北島に出ていってもらうことになる。」などと、北島居宅及びその敷地である千葉市若葉区加曽利町六九〇番三及びこれに隣接する同番二や、同町六九一番の前記のとおりの相続物件である各土地をまとめて買う話を持ちかけた。被告人川井は、これに応じ、北島の右債務が弁済されて、北島居宅に設定されていた担保権は昭和六三年一二月二〇日ころに消滅させられ、同年一二月二三日には、北島居宅について、北島から田口及び川井源一(以下田口と川井源一を「田口等」という。)名義への所有権移転登記が行われた。
この間、橋本は、北島のため、被告人川井から提出される資金により、個別に北島の前記債務の整理や物件の処理に当たり、物件名、買主名、日付等が空白のままの同人名義の署名押印された売買契約書や、宛名、日付、金額等が空白のままの同様の領収証等の交付を受け、右契約書については、昭和六三年一二月二〇日付け、売主北島、買主田口等(一部訂正あり)とする北島居宅に関する売買契約書や、売主北島、買主被告人会社とする北島が所有する他の物件に関する売買契約書として用いられ、領収証は、右物件の売買代金一〇〇〇万円の授受の領収証や、本件土地取引の処理に伴う金銭授受の領収証などとして用いられた。
被告人会社は、橋本らの関与の下、昭和六三年一二月五日、競売物件である北島事務所の買受申出をし、平成元年一月三一日、同事務所を特別売却により四〇一三万円で競落した。
(四) 橋本は、北島居宅の代わりに北島が居住する前記代替物件を探していたところ、千葉地方裁判所の競売物件の中から穴川物件を見付け、平成元年二月一五日に入札手続きをし、同年二月二七日には同人の部下である三本松義雄の名義で三一一一万一一〇〇円で競落し、同年四月一八日には代金を納付し、北島側への所有権移転登記手続をした。
橋本は、本件土地を含めた田野清の相続物件につき、これを一括して処分してもらうべく、相続人らとの間に買受け交渉を重ねるうち、平成元年三月下旬ころ、右交渉をまとめ、同年三月二八日には、売渡証明書、買付証明書を交換するところまでこぎ着けたが、その後は行き違いもあって進展せず、被告人川井との間にも軋轢が生じたものの、同被告人との間の誤解をといて引き続き右交渉を継続した。
(五) 被告人川井は、平成元年一月中旬ころ、本件土地について、知人の不動産業者である三愛不動産株式会社の代表取締役高橋忠雄に対し、地上の北島事務所を競落し、底地もまとめて売ろうと思っている旨述べ、同月下旬ころには橋本も交えて買主の斡旋を依頼し、被告人会社は、同年二月ころに、ホームリロケーションなる建築関係業者から、本件土地買受けに関する申込証拠金として一〇〇〇万円を受領したこともあった。そして、被告人川井は、そのころ、千葉瓦斯が本件土地を購入したい意向である旨を聞き、平成元年三月ころ、関係不動産仲介業者事務所において、買主側の不動産業者と交渉を始め、平成元年六月ころ、被告人会社事務所において、千葉瓦斯関係者や右交渉に携わった者らが集まり、土地の売買価額は一坪当たり一三〇万円とすること、本件土地の引渡しは更地渡しとすること、取引については登記上中間省略登記の手続きをとること、本件土地の取引面積は、縄延びが含まれているため実測により地積を訂正して定めること等の了解に至った。
橋本は、田野清の他の相続物件である甲物件、乙物件についても、その転売等を探していたが、甲物件については、平成元年七月ころに被告人会社が購入することとなり、乙物件については、平成元年三月ころから、その隣地に敷地を有する加曽利病院へ転売する方向で交渉を進めていたところ、同年四月二三日ころ、橋本は、加曽利病院関係者から、買受申込金として四〇〇〇万円を受領したが、そのうち二〇〇〇万円について預り証を作成した上被告人川井に交付し、右預り証は、同被告人が用意していた株式会社ファーストプラン名義の同年九月一三日付けの領収証に差し替えられた。
(六) 橋本は、平成元年五月ころ、被告人川井に対し、本件土地取引について、「儲けがたくさん出る、そのまま売り上げを計上すれば相当部分税金に取られてしまうので、売買取引の中間に利益の少ない会社を介在させれば利益が吸収される。」などの話をしていたが、同年八月ころになって、同被告人に、株式会社大東食品(以下「大東食品」という。)を右介在会社として勧めたところ、同被告人もこれを了承し、大東食品名義を使用することの謝礼については、右取引により見込まれる利益の五パーセントである一〇〇〇万円程度とする旨の話がまとまった。橋本は、これを大東食品の代表取締役奈良昌廣に伝えて了解を得て、そのころ、被告人川井の要請により、右奈良は、大東食品の領収証用紙、代表印、通帳等を、同被告人に渡した。
(七) 田野清の相続人らの間の遺産分割は、進展していなかったところ、平成元年九月一三日、調整を経て一括処分の合意がまとまり、本件土地についての千葉瓦斯との前記取引は、同年九月中旬ころ、国土利用計画法上の規制から必要であるとして協定書を取り交わすこととなり、千葉瓦斯から売主側に五〇〇万円が交付され、同年一〇月二日ころに、被告人川井、橋本と千葉瓦斯関係等との間で右了解の趣旨を内容とする協定書が作成され、併せて、証拠金の名目で右五〇〇万円に加えて二五〇〇万円が売主側に交付されて、売買証拠金受領書が作成され、それら各書面は千葉瓦斯に交付された。
右協定書には、売主を被告人会社及び音羽建設、買主を千葉瓦斯、売買物件を本件土地及び建物(北島事務所及び北島居宅)、売買代金を五億四八〇〇万円(内訳として本件土地分二億円、建物(北島事務所及び北島居宅)分三億四八〇〇万円)、売買契約時における同建物の売主は、右売主の指定する他の第三者とし、買主は売買のための証拠金として三〇〇〇万円を預け入れ、建物は売主の負担と責任で取り壊し土地を更地として買主に引渡すなどの記載がなされ、各売主・買主欄、立会人欄に、右同旨のとおりの当事者及び関係者の記名捺印がなされているものである。そして、右売買証拠金受領書は、作成名義人を被告人会社及び音羽建設、名宛人を千葉瓦斯とするもので、三〇〇〇万円を右趣旨で受領した旨の記載がなされていた。
また、右のとおり田野清の相続人らの間で遺産分割の合意がまとまり、これに伴い、同年九月一八日付けの被告人会社から大東食品への北島事務所の売買契約書、同日付けの田口等から大東食品への北島居宅の売買契約書が作成され、乙物件については、同月一四日、近藤ら相続人から第三者である有限会社創栄へ、甲物件について、右相続人らから田口等へ、さらに、同年一〇月四日には、北島事務所について被告人会社から、北島居宅については田口等から、いずれも大東食品に、それぞれ所有権移転登記がなされた。
北島居宅については、平成元年一月から九月まで田口名義で北島を受取人とする賃料(月額三万六五一五円)が支払い振込されていたところ、北島は、同年九月中旬に同居宅から退去し、その後賃料の支払いがなされた形跡はない。
北島事務所及び北島居宅は、被告人会社が工事費用を負担して、平成元年一〇月二〇日ころまでに取り壊され、本件土地は更地とされたところ、右工事費用の支払いにつき、被告人川井の指示により、工事業者から千葉瓦斯を名宛人とする三〇〇万円の領収証が作成交付された。
(八) 本件土地取引につき、同年一〇月二五日、決済が行われ、被告人川井は、取引銀行である株式会社第一勧業銀行五井支店の営業課次席一條正幸を伴って、橋本とともに、決済場所である株式会社三菱銀行千葉支店に赴き、千葉瓦斯の代表取締役及び経理部長らと、売買代金の授受を済ませ、橋本は、同支店別室に居た前記相続人ら八名に、それまでの調整で約束した金銭等を交付し、同相続人らに、千葉瓦斯宛ての各土地代金領収証を作成させ、大東食品作成名義の領収証とともに、千葉瓦斯に交付した。そして、そのころ、北島事務所及び北島居宅について、売主を大東食品、買主を千葉瓦斯とする「土地付建物売買契約書」(契約金額三億六二五九万八〇〇〇円)、本件土地につき売主を各相続人、買主を千葉瓦斯とする各「土地売買契約書」(契約金額合計一億五二四〇万二〇〇〇円。なお、北島の土地売買契約代金は、他の相続人契約代金一六九二万五二五〇円より一七〇〇万円多い三三九二万五二五〇円となっている。)が作成され、千葉瓦斯が所持していた前記協定書は橋本の方に回収され、近藤ら相続人から千葉瓦斯への平成元年一〇月二五日付け同月二〇日売買を原因とする所有権(共有者全員持分全部)移転登記が行われて、本件土地が引き渡された。なお、橋本は、このころ、田口等が北島に同月二〇日本件土地のうち北島居宅のあった六九〇番三の地上権放棄料として一七〇〇万円を支払った旨の領収証の作成を完成させている。そして、本件土地には縄延び分があり、実測による地積増加分の追加代金一〇四〇万円が、平成二年一二月、千葉瓦斯から支払われ、大東食品作成名義の同額の領収証を交付して被告人川井がこれを受領した。
そして、本件土地取引につき当初から売主側の不動産仲介業者として関与してきた三愛不動産株式会社に対する仲介手数料は、被告人会社が全て支払ったが、音羽建物及び橋本は、北島事務所、北島居宅及び本件土地各取引につき、利得、報酬等を得たことはなく、田口等においても、被告人川井が本件土地取引により収受した金銭につき、格別の分配、利得及び交付を受けたことはなかった。
被告人川井は、平成元年一〇月九日、大東食品の代表者である奈良昌廣の銀行口座に、謝礼として五〇万円を振込み送金し、同月末ころ、前記決済により、橋本を介し右謝礼残金一〇〇〇万円を右奈良に支払った。
(九) 平成元年九月当時、第一勧業銀行の前記一條正幸は、被告人川井から、メモを渡されるなどして指示されて、同年九月一四日、同年一〇月三日、同月二五日の三回にわたり、宮永紳一郎名義、大東食品名義の銀行口座を用いて、現金による出入金あるいは振込送金を繰り返し行い、被告人会社あるいは田口名義の各銀行に入金した。
3 市川及び石川への各土地建物売却の状況等
被告人会社は、市原市君塚五井境の物件(建売住宅)を、昭和六三年九月、同市上高根の物件(建売住宅)を、平成元年三月に、それぞれ受注し、前者につき、平成元年六月までにこれを引き渡し、契約時金額、中間金及び最終残金を含めた計二八六二万八二二〇円を、後者につき、同年一二月までにこれを引き渡し、契約時金額、中間金及び最終残金を含めた計二一〇三万一八〇三円を、それぞれ受領した。被告人会社は、その経理担当の田口において、右工事の経過、入金の事実を確認しながら、平成元年度の被告人会社の確定申告につき、前期1認定のとおりその申告書案作成に当たった税理士山下に右事実を告げたり、その関連資料を示すこともなく、また、右受領した各金銭につき、その記帳、計上処理につき相談したこともなかった。
二 当裁判所の判断
1 被告人会社から千葉瓦斯への本件土地譲渡による五億二八四〇万円の収益の存否について
(一) 前記一2認定の事実関係によれば、本件土地は、平成元年一月ころから、被告人川井により、不動産仲介業者を通ずるなどして、売却対象物件とされ、その買受予定者である千葉瓦斯との売買交渉においては、被告人会社が売主の立場で、本件土地を一体として更地として取引することが前提とされ、実際に北島事務所及び北島居宅を撤去した上更地として引き渡していること、被告人会社は、本件土地の他の買受予定者から買受証拠金を受領したこともあり、千葉瓦斯を買受人とする交渉、証拠金授受、代金決済等は、被告人川井及び橋本が当たり、本件土地売却に要する諸費用の資金は、被告人会社から拠出され、本件土地売却代金は被告人会社に帰属していること、本件土地を処分するにつき、本件土地所有者であった相続人らと橋本との間になされた調整、交渉の内容は、本件土地を含めた相続物件の一括譲渡とそれに応じた処分価額が事前に了解合意され、本件土地及びその他の土地のその後の処分方法について、右相続人らは一切関与することがなく、その後の処分、利益の帰属は、被告人会社及び橋本の計算と判断により決定されていることが認められる。右事実に加え、橋本、田口、右取引に関係した不動産業者の嶋野正男、高橋忠雄、橋本の部下である三本松義雄の検察官に対する各供述調書、買主側である千葉瓦斯の担当者らの大蔵事務官に対する質問てん末書並びに被告人川井の検察官に対する各供述調書及び大蔵事務官に対する質問てん末書中の本件土地取引の経緯、状況に関する各供述を総合すると、被告人会社は、課税事実上、千葉瓦斯に対し、本件土地を五億二八四〇万円で譲渡したものと認めることができる。
(二) 被告人会社らと千葉瓦斯の間に平成元年一〇月二日ころ作成された協定書では、売買対象物件が北島居宅等の建物及び本件土地とされ、その上で、土地付建物売買契約書、各土地売買契約書が各所有名義人と千葉瓦斯との間にそれぞれ作成されて、最終の契約、代金決済及び本件土地の所有権移転登記手続がなされているところ、前記一2に認定のとおり、売買代金額の算定が本件土地の単位面積当たりの価額(一坪当たりの単価一三〇万円)で決定されるに至っていること、地上各建物の代金額がその所得価額とは著しくかけ離れているもので、取引上の合理性がないこと、右協定書は、被告人会社主導で作成されていること、このような建物の表示がなされたことにつき、被告人川井が、平成七年三月一九日付け検察官調書(乙一三)において、租税特別措置法上の短期所有土地の譲渡に対する重課である土地重課による高額な税金負担を免れるために建物を加えた旨供述するところは、その理由として前記事情とよく符合し、信用できることなどの事実に徴すれば、右協定書に記載の売買対象物件としての土地及び建物の表示と代金区分は、本件土地取引の実体を反映するものではなく、前期認定を妨げるものではない。また、右土地付建物売買契約書、各土地売買契約書については、前記一2に認定のとおりの田口、川井源一、相続人らの本件土地取引における関与の態様、北島居宅、北島事務所の当時の価額、千葉瓦斯との取引における同各建物の処分状況等に照らせば、買主千葉瓦斯との取引において、その真実の取引対象、当時者、対価関係を反映するものではなく、履行上の便宜のために作成されたものと認められ、本件土地の所有権移転登記につき、被告人川井の意向により中間省略登記とされたことも、この実体をよく表すものであり、同様に前記認定を妨げるものではない。
(三) 弁護人らは、北島居宅の譲渡について、<1>北島居宅は田口等の居住用建物として、被告人川井の薦めにより田口等が買い受けたものであること、<2>右売買代金は当初は定まらなかったが、当面一九〇〇万円をまず支出し、これにはかねてより田口等が所有していた市原市西五所所在の土地建物を売却して得た資金を充てたこと、<3>北島居宅取得の条件である代替住宅には穴川物件を充て、その所得代金(三一一一万一一〇〇円)についても前記売却代金を充てたこと、<4>田口等は、北島に地上権放棄料として一七〇〇万円を支払ったこと、すなわち北島居宅の代金は、右各金額の合計六七一一万一一〇〇円であること、<5>田口等は北島に月額約三万六五一五円の地代を七回(うち一回は約七万三〇三〇円)にわたり、合計二九万二一二〇円を支払っていることから、北島居宅は、被告人会社が取得したものではなく、その譲渡による収益は、被告人会社のものでない旨主張し、証人田口も当公判廷において右と同旨の供述をし、右主張に沿う売買契約書、領収書等が存するところである。
この点、北島居宅の取得に当てられたとする右資金について、市原市西五所所在の田口等共有の土地建物が、昭和六三年一〇月二六日ころ、売却され、同日、残代金合計五四八〇万円が田口(内二四八〇万円)、川井源一(内二〇〇〇万円)及び被告人川井(内一〇〇〇万円)の各銀行口座に振り込まれ、右田口口座の振込金は同日定期預金口座に出金振込みされていること(弁二五、二六、四七)が認められる。しかしながら、右資金が北島居宅の所得に充てられたことをうかがわせる証拠はないのみならず、田口が北島居宅の譲渡につき税務署から受けた「譲渡内容についてのお尋ね」に対し回答した書面(弁九)中の価額等の記載も、右主張と符合せず不明確なものである。
そして、田口は、検察官に対する各供述調書(甲六七ないし六九)において、<1>加曽利町物件の取引には関与していない、<2>北島居宅の売買代金一九〇〇万円は個人として払ったことはなく、大東食品から売買代金を取得したことはない旨供述しているところ、当公判廷においては、北島居宅取得時及び大東食品への売却時並びに穴川物件の取得時の各手続きあるいは資金の手当などについて、具体的な状況を述べることができず、極めて曖昧な内容の証言に終始しているものである。
また、被告人川井は、北島居宅取得の資金について、金融機関に対する同被告人及び被告人会社の借入れ枠がなく、田口らの名義で借り入れた旨平成七年三月一六日付け検察官調書(乙八)で述べているところ、この供述は、右のとおりの田口の供述内容及び供述態度、右所得経過に照らすと、信用性の高いものであり、また、そのような借入れ状況であるからこそ、田口等の所得名義となったとの事情も強くうかがれるものである。
右のとおり、北島居宅の所得につき、田口等名義の別不動産の譲渡代金が使用されたことをうかがわせる証拠はなく、各売買契約書、領収書が田口ら名義で作成されていることも、前記一2に認定のとおりの本件土地取引における被告人会社関与の状況、取引の経緯、被告人川井、田口らの各検察官調書中の供述に照らせば、田口等への実質的な権利、利益の帰属、経済的負担を示したものではなく、前記(一)のとおりの課税事実の認定を妨げるもではない。
なお、弁護人ら主張の田口等から北島への一七〇〇万円の交付については、北島作成の「千葉市加曽利町六九〇-三地上権放棄料として平成元年一〇月二〇日・・・領収」と記載した領収証(弁一一)が存するところ、その作成の経緯は前記一2(八)のとおりであり、同額の金銭等を受領したことはない旨の北島の供述(大蔵事務官に対する平成六年三月四日付け質問てん末書(甲八〇)や、前記認定のとおりの被告人会社の本件各土地取得の経緯等に照らすと、同額の金銭等の授受がなされたものではないが、北島居宅取得の代価として被告人会社が北島のために負担ないし支出したものとして、最終的に清算された金額と認めることができ、この額は、本件各土地譲渡による利益の算定につき、損金として算入(甲四一号証中の別紙「ヌ土地売買契約状況表」参照)されているところである。
2 被告人会社による穴川物件の譲渡について
前記一2(四)に認定したとおりの穴川物件を競落した時期、その経緯に加えて、田口の検察官に対する前記各供述を検討しても、弁護人ら主張のように同物件の競落に田口が所有する前記のような資金が使用されたことはうかがわれないことなどの事実に照らせば、被告人会社による北島居宅の取得につき、それと関連する代替物件の斡旋としてなされた穴川物件の譲渡は、被告人会社から北島(登記簿上同人の子北島高志名義)になされたものと認められる。これに反する証人田口の当公判廷における供述は到底措信できない。
なお、弁護人らは、右譲渡が北島居宅取得の代価である一種代物弁済的なものであり、北島居宅取得の経費とされるべきものである旨主張する。しかし、前記一2認定の事実に関係各証拠を総合する、穴川物件の競落価額は三一一一万一一〇〇円であり、北島居宅の取得直前の価額は明らかでないものの、北島、田口等作成名義の建物売買契約書には取得代価一九〇〇万円とする旨の表示がなされ、北島の負債整理と北島居宅に付けられた各担保抹消に二〇〇〇万円程が拠出されて、被告人会社への譲渡となったこと、北島において、本件土地の共有持分譲渡等による金銭取得につき、右穴川物件相当額分を橋本らにより控除されて、他の相続人のような金額を受領してないことが認められることからすれば、被告人会社の別途商品取引と認められ、右譲渡価額が北島居宅取得のための費用とならないことは明らかである。
3 市川らへの各土地建物譲渡の益金計上等について
前記一3に認定のとおり、市川及び石川への各建売住宅の売却につき、いずれもその引渡しがなされ、被告人会社が本件事業年度中に各該当の工事代金及び代金を受領したことは明らかである。これによれば、右受領金額は、右各取引における工事売上及び商品売上として、本件事業年度に計上されるべきものである。
そして、被告人会社の経理を担当していた田口は右事実を十分認識しており、右非計上及び不申告については、前記一3に認定したとおり担当税理士の指示等によるものでないことは明らかであるから(右指示等によった旨の証人田口の当公判廷における供述は到底措信できない。)、被告人会社の法人税のほ脱の意思に欠けるところはない。
4 以上検討したとおり、弁護人らの各主張はいずれも理由がないというべきである。
そして、証拠の標目掲記の関係各証拠を総合すれば、被告人会社の本件事業年度中の所得金額二億六八八二万三三六七円、土地譲渡利益金額二億一四四五万一九〇九円となり、法人税額は一億七〇九八万四五〇〇円と算定される上、被告人会社が右のとおりの本件土地取引についての利益秘匿工作を伴う不申告に及んだことは明らかであり、同不申告を被告人川井がその代表者の地位において行ったことは、前記認定の事実のとおりであるから、判示第一の事実は優にこれを認定することができる。
第三所得税法違反に関する主張について
一 証拠の標目掲記の関係各証拠によれば、次の事実を認めることができる。
1 被告人川井は、昭和六一年ころから、商品先物取引を行うようになり、以後年間数千万円単位の同取引上の損益を出す商品先物取引を行ってきたところ、平成元年以降の同取引の態様も、従前と同じであり、取引先会社数社の担当者に、取引開始時、自己の氏名の外実在する他人名義の委託取引口座を数口用意させ、ときには架空の人物の口座で委託するなどしていたが、その全委託取引について、自己の資金を用い自己の計算においてこれを行っていた。そして、右各取引において利益が出ると、すぐ担当社員に現金で持参させて、仮名、借名名義の預貯金口座に入金するものの、それら現金の各受領につき、仮名及び借名名義での領収証等を作成交付することはほとんどの場合避けるようにしていた。また、右取引の指示、相談は、取引先会社の料金負担のいわゆるコレクトコールによる電話で行い、長時間に及ぶ相談もしばしばであった。
2 被告人川井は、平成元年には、仮名、借名口座を設けて取引を拡大するようになり、約二五〇〇万円に上る利益を上げたが、同年分につき、所得税の確定申告はしたものの、これらの利益を所得して申告しなかった。
3 被告人川井は、平成二年は五店、平成三年は八店、平成四年は一〇店の商品先物取引業者において、仮名、借名の口座を設けて、複数の銘柄について取引を行うなど、平成四年までに、一一店の先物取引業者との間に、実名の口座の外一八の仮名、借名の取引口座を用いて小豆、ゴム、白金等の取引を行った。
4 被告人川井は、平成元年以降、右利益について、複数の金融機関、すなわち平成元年には六金融機関、平成二年には七金融機関、平成三年及び同四年には八金融機関において、実名口座の外、延べ数にして、借名口座二三、仮名口座二一の預貯金口座に入出金するほか、同取引資金に充てていた。
二 当裁判所の判断
1 前記一に認定の事実関係によれば、被告人川井が商品先物取引を実名のほか、仮名、借名の取引口座を用いて行い、そこで得た利益を、複数の金融機関に、仮名、借名の口座を設けて預貯金を行っていたことが認められ、これらの行為が、自己の所得を秘匿し、課税対象所得の捕捉を著しく困難にするものであることは明らかである。
弁護人は、右仮名、借名による商品先物取引は、同取引を有利に展開するための手段であり、右利益の保有方法も取引資金の出し入れの便宜のためで、脱税の意図はない旨主張するとともに、平成三年及び同四年分の各取引利益については、税務調査により指摘されたものの、同被告人ないし被告人会社のいずれに帰属するか不明であったので、税務当局の指示があるまで待つようにとの税理士の指導があったため申告を控えていた旨主張し、右主張にそう被告人川井及び証人田口の当公判廷における各供述が存する。しかしながら、仮名、借名による商品先物取引やその利益を仮名、借名名義の預貯金にすることが弁護人主張のように取引上の戦術としての側面を有するとしても、そのことの故に脱税の目的が否定されるわけではないのみならず当該先物取引に対する被告人川井の態度は、利益はその都度現金でこれを受領し、その受領に係る領収証等は仮名、借名による場合にはほとんど作成交付せず、取引会社との長時間に及ぶ相談、連絡等も、専ら取引会社負担の電話連絡としていたもので、商品先物取引上の建玉制限、手の内の秘匿等の手段と関係のない場面でも、その名義の隠蔽を図っているものであり、取引上の戦術とばかり言い切れない側面が存するものである。また、被告人川井は、平成元年にも商品先物取引による利益を得ているにもかかわらずこれを除外して所得税の申告をしている上、平成三年、同四年中も、右同様の態様の取引を認識しながらこれを継続していたのであり、この不申告については、関係各証拠を検討しても税理士の指導によるものであったことはうかがえない。
そして、被告人川井は、その検察官に対する各供述調書あるいは大蔵事務官に対する各質問てん末書において、商品先物取引の方法、態様、利益の留保状況を説明するとともに、右各年度の取引利益につきほ脱の意図があった旨供述しているところ、右供述は前記の事実関係に合致し、取引の事実の経過を合理的に説明するものであり、信用性が高いというべきである。これに反する被告人川井及び証人田口の当公判廷のおける供述は、不自然不合理であり、信用できない。
なお、弁護人らは、平成二年及び同三年分の各給与所得、平四年分の給与所得及び不動産所得について秘匿工作はないから、右の各所得については虚偽不申告ほ脱犯は成立しない旨主張するが、既に検討したとおり、被告人川井は、本件各年度の各所得税確定申告につき、所得秘匿工作を伴う各不申告に及んだものであるから、本件各年度の総所得金額のすべてについて偽り不正の行為により各所得税を免れたものというべきである。
2 以上のとおりであるから、弁護人らの各主張はいずれも理由がない。そして、証拠の標目掲記の関係各証拠を総合すれば、判示第二の各事実はいずれも優にこれを認定することができるところである。
(法令の適用)
被告人川井の判示第一の所為は、法人税法一五九条一項(罰金刑の寡額は、平成七年法律第九一号(刑法の一部を改正する法律)附則二条一項本文により、同法による改正前の刑法(以下「刑法」は改正前のもとをいう。)六条、一〇条により軽い行為時法である平成三年法律第三一号による改正前の罰金等臨時措置法二条一項による。)に、判示第二の各所為は、いずれも所得税法二三八条一項(ただし、判示第二の一の所為についての罰金刑の寡額は刑法六条、一〇条により軽い行為時法である平成三年法律第三一号による改正前の罰金等臨時措置法二条一項による。)に、それぞれ該当するところ、判示第一の罪については、所定刑中懲役刑を選択し、判示第二の各罪については、いずれも所定の懲役刑と罰金刑とを併科し、かつ、同各罪につき情状により所得税法二三八条二項を適用することとし、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、懲役刑については同法四七条本文、一〇条により犯情の最も重い判示第二の三の罪の刑に法定の加重をし、罰金刑については同法四八条二項により各罰金額を合算し、その刑期及び金額の範囲内で被告人川井を懲役二年及び罰金七〇〇〇万円に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中四〇日を右懲役刑に算入し、右罰金を完納することができないときには、同法一八条により、金五〇万円を一日に換算した期間被告人川井を労役場に留置することとする。
被告人川井の判示第一の所為は、被告人会社の業務に関してなされたものであるから、被告人会社については、判示第一の所為につき、法人税法一六四条一項により同法一五九条一項所定の罰金刑(寡額は刑法六条、一〇条により軽い行為時法である平成三年法律第三一号による改正前の罰金等臨時措置法二条一項による。)に処すべきところ、情状により同条二項を適用し、その金額の範囲内で被告人会社を罰金四〇〇〇万円に処することとする。
(量刑の理由)
本件各事実のうち、判示第一の犯行は、被告人会社において、本件土地取引による多額の利益がありながら、法人税確定申告書を提出せず、一億七〇〇〇万円余りを脱税したものであり、その不正行為の態様は、不動産の購入、売却を、真実は被告人会社による本件土地の譲渡であるのに、土地建物の譲渡とした上、土地部分は中間省略登記によるなど、その売主が被告人会社であることを隠蔽し、建物部分についてはその土地利用権を附加させて、親族の名義を用いて所得した上、いわゆるダミー会社を介して売却し、利益がないかのように仮装するというものであり、そのため、種々の実体に沿わない契約書等関係書類を作成するなどしており、巧妙かつ計画的である。
このような犯行を敢行するに至った経緯をみると、被告人川井は橋本から様々な情報、助言を受けていたことがうかがわれるものの、同被告人が本件取引について土地重課制度による高率の税金が課されることに対し強い不満を抱いていたことが根底にあり、右助言等をもとに被告人自らが積極的に行動していたことが認められ、犯行の動機は、利己的、反社会的ということができ、酌量に値する事情は見当たらない。
判示第二の各犯行は、被告人川井が主として商品先物取引で巨額の利益を得ながら、三か年にわたり、所得税確定申告書を提出しないで、合計三億五〇〇〇万円余りの脱税をしたものであり、個人の脱税額としては巨額であるばかりでなく、その不正行為の態様は、商品先物取引において、延べ二〇件近くの仮名・借名の取引口座を開設するとともに、商品先物取引で得た利益を延べ四〇件を超える預貯金口座に分散して預貯金して隠蔽するなど巧妙であり、その動機も、商品先物取引の資金を確保することを目的とするものであって、酌量の余地はない。
右のように、ほ脱税額は巨額に上り、ほ脱率も一〇〇パーセントであるのみならず、所得税法における脱税が複数年度にもわたっている上、右法人税法違反及び所得税法違反の各犯行をみると、同被告人には税申告をする意識が乏しく、納税義務に対する身勝手な考え方と、法規範軽視の態度がうかがえ、以上の諸事情を併せ考えると、犯情は悪質であり、同被告人及び被告人会社の刑事責任は重いといわざるを得ない。
他方、法人税法違反事件は、活発な不動産取引の時流に乗って、十分に予期しなかった巨額の利益が見込まれる中で、橋本からの助言を受けて企図されたもので、当初から脱税を計画していたものとは認められないこと、所得税法違反事件については、仮名、借名の取引自体は、委託先会社の対応と相俟って助長されてきた面もうかがえること、本件各脱税行為について納税義務を軽視した自らの行為を軽率であったと反省していること、約一〇年前に罰金刑に処せられたほかは前科はなく、これまで会社経営等に携わり、真面目に働いてきたこと、難病の子供を抱えていることなど、同被告人にとって、有利あるいは酌むべき事情もうかがえるところである。
しかしながら、前記のとおり、本件各脱税行為の犯情に鑑みると、右のとおりの同被告人にとって有利あるいは酌むべき事情を最大限に考慮しても、同被告人に対しては、なお実刑をもって臨むのが相当と思料し、被告人川井及び被告人会社を主文掲記の刑とした次第である。
よって主文のとおりに判決する。
(求刑 被告人会社について罰金五〇〇〇万円、被告人川井について懲役三年及び罰金一億円)
平成八年五月三一日
(裁判長裁判官 吉本徹也 裁判官 小原春夫 裁判官足立正佳は転補のため署名押印することができない。裁判長裁判官 吉本徹也)